好評の「辛口海老カレー」や「特製チーズケーキ」「コーヒープリン」などもご用意しております。
【Bar Music Shibuya,Tokyo】18:30 ~ Midnight(土曜・日曜は18:00 Open、金曜は翌早朝まで)
廣瀬大輔が特定のカテゴリーを設定して、それはアーティストであったりレーベルであったりジャンルであったり。Bar Musicのサイトにコラムと当日プレイするレコードの中から6枚のディスクレヴュー、そして自分のDJではテーマに沿ってプレイします。第24回のテーマは北米と南米の奴隷制度とそれによるパーカッションの受け取られ方の違いからの「パーカッションとジャズ」です。(廣瀬大輔)
8/5 Wed.
MUSICAÄNOSSA presents ANTHOLOGY <anthos+logia> VOL.24 Percussion with Jazz編
[DJ]廣瀬 大輔(ELLA RECORDS)・中村智昭(MUSICAÄNOSSA / Bar Music
Shibuya,Tokyo)
[at]渋谷 Bar Music
[info]03.6416.3307
http://barmusic-coffee.blogspot.com
※18:30オープン、着席の通常営業スタイルで20:00~23:00の開催です。Close:Midnight
※事前予約またはご来店前にお電話でテーブルをおさえていただけますと幸いです。
※消毒、お客様着席時のグループ別ソーシャルディスタンスの確保、換気など、ウイルス対策へのご理解とご協力をお願いいたします。
※Entrance Fee ¥1000
廣瀬 大輔(Ella Records)
ヴィンテージ・レコード・ディーラー&ショップElla
Records所属。かつてはDANCE MUSIC RECORDのジャズ・バイヤーとして新譜を供給し、ライターとして“Jazz Next
Standard”シリーズや「Jazz MeetsEurope」、「500 Club Jazz Classics」、“Jazz The
New Chapter”シリーズ等の書誌や多くのライナーノーツ等へ新旧問わずジャズ/クラブ・ミュージックに関する執筆/寄稿、またDJ/選曲活動を行う。
【コラム】
例えばdrumは複数あればdrumsとなるがpercussionは複数形にはならない、パーカッションは包括的な打楽器の概念である。また、ジャズでのパーカッションといえば、元来は打楽器全般を指す言葉ではあるのだが、狭義にはコンガやボンゴなどのラテン・パーカッションのことを指すことが多い。そして南米音楽をラテン・ミュージック、そもそも南米をラテン・アメリカと呼ぶことについては、ゲルマン系の英語圏である北米が19世紀に影響力を増していく中で、スペインやポルトガル圏であった南米にメキシコやカリブ海諸島を含む地域を(ゲルマン系に対抗するためにフランスを巻き込んで)ラテン・アメリカとヨーロッパの宗主国側が呼んだことに端を発する。ここまでを前提としておこう。
ジャズがアメリカで生まれた最初期においてもアフリカ由来のパーカッシヴな要素や、Jelly Roll Mortonをはじめとしてカリブ海のリズムのニュアンス(ハバネラなど)自体は存在していたが、あくまで独立した要素ではなく要素として取り込まれていた。1930年代には『The Peanut Vendor』がヒットし、1940年代にかけてPerez Prado、Xavier Cugat、Lecuona Cuban Boys等がルンバをキューバ発のポピュラー・ミュージックとしてアメリカに伝えた。これには禁酒法も関係するが詳細は省く。Louis ArmstrongやDuke Ellington等もすぐにラテンの要素を取り入れたが、この時点では(特にEllingtonは後年、アフリカ含めたワールド・ミュージックに傾倒する)サウンドの流行であったり、新しさ、エキゾチシズムに寄るところが大きかった。
では、なぜ当時、南米のラテン・パーカッションが、北米において新しさやエキゾチシズムを持っていたのか。それは単なる異国風の情緒や装飾だけではない。先の前提で述べた北米と南米の宗主国の違いは、奴隷制度、奴隷への支配の違いでもあった。以下、非常に心を痛めつつ奴隷制度の歴史を振り返る。北米は、アングロサクソン、ゲルマン系のプロテスタントによる支配であり、18世紀の黒人奴隷の蜂起(1739年のストノの反乱)をきっかけに、統率に使われた打楽器、角笛などの大きな音の出る楽器の使用を禁じる法律が制定された。奴隷所有者たちはアフリカ系コミュニティを分散させ、彼らの母語や文化を破壊し、太鼓を叩き踊ったり、歌ったりすることを禁止した。一方で南米はカトリックであるスペイン、ポルトガル領であり、キューバではカトリック教会および統治当局がカビルド制と呼ばれるアフリカ出身地ごとの互助組織の結成を認めた。これには北米と南米の対立、そして北米と南米においての奴隷への(どちらとも悪い意味での)扱いの違いなどもあるのだが、つらい、しかしながら、アメリカ南部の奴隷州の小規模農園で働く奴隷たちとは異なり、キューバの奴隷たちはスペイン系住民の住む都市から離れた地域で生活し、キリスト教への教化の中でアフリカの出身地の文化を残し、彼らは讃美歌の中でクラーヴェのリズムを刻んだ。コンガは、19世紀にキューバの造船所で働く奴隷たちによって発明された。ボンゴのように一対の太鼓を組み合わせた楽器はサハラ以南のアフリカでよく見られた打楽器である。キューバ人はスペインのケトル・ドラムを底が開いたドラム、ティンバレスに改造した。
1940年代にキューバのハバナ出身のMachitoがニューヨークで、クラーヴェのリズムとアメリカのビッグ・バンド・ジャズを融合させ、アフロ・キューバンの萌芽を作ると、Dizzy Gillespieがキューバ出身のパーカッショニストのChano Pozoと「Manteca」や「Tin Tin Deo」を作り、Cubop(Cuba + Bebop)のムーヴメントを作り出した。それは1950年代にArt BlakeyやRandy Weston等が彼ら黒人のアイデンティティがアフリカから引き裂かれた精神的なルーツの追求に繋がる。西洋的に縛られた北米のジャズメンたちだからこその楽器や和声によるジャズのテクニカルな表現と、彼ら本来の原始的なリズムが出会った。更にはJohn ColtraneやDon Cherry等によるスピリチュアルなワールド・ミュージックとの融合は、アフリカだけではなくアジアをルーツとしたパーカッションもジャズに呼び寄せ、Miles以降のエレクトリック期においては、呪術性も持ったアフロ・フューチャリズムへと繋がっていく。
ただ、これらのパーカッションの北米での受容は、スピリチュアル性の強い主張だけではなく、広く受け入れられ展開された。エキゾチシズムは白人によるエキゾチカに渡り、ライトなカクテル・ジャズやジャズ・ボッサのラウンジーな流れ、一方で北米的ブラック・ミュージックのブルースやアーシーなサウンドでの表現にも取り入れられ、逆流としてジャズの表現を取り入れたラテン音楽は即興的なデスカルガを生み出し、ソウルやR&Bを取り入れブーガルーやサルサが生まれた。
ジャズにおけるパーカッションとは、北米で一度途絶えた歴史的記憶と、中南米で受け継がれたアフリカのリズムの出会いであり、それを超えて世界を均等化する概念(不可算名詞)であったと締めさせていただきます。歴史的には文字数のための省略した部分も多いですし、後半は速足でありましたが、北米と南米の奴隷制度、それによるパーカッションの受け取られ方の違いついて紐解いてみました。 いつか速足部分のラテン・ジャズなどの機会がありましたら。
【ディスクガイド】

・Max Roach / We Insist! Max Roach's Freedom Now Suite
ヴォーカルは後にRoachの妻となるAbbey Lincoln、パーカッションはBabatunde Olatunji他。アルバムは、奴隷解放宣言100周年となる1963年の演奏を見据えて制作を開始されたが、公民権運動の高まりを受けて1960年にアルバムとしてリリースされた。ジャケットはご存じの方はご存じでしょうがご存じでない方もいらっしゃると思いますが、食事をするアーティスト写真ではなく、1960年に起こったシット・イン運動、人種隔離されたランチ・カウンターでの座り込みを切り抜いたものです。
・The John Betsch Society / Earth Blossom
リーダー作は少ないながらも、その1枚目が1974年にStrata-EastからリリースされたドラマーJohn Betschによる「Earth Blossom」。ソウル系のプロデューサーのRobert Holmesがピアニストとして参加しており、彼が作曲したアフリカへ捧げた「Ode To Ethiopia」がオープナー。John Betschはその後もAbdullah IbrahimやArchie Shepp、Henry Threadgil、Billy Bang、Mal Waldron などなどのグループに参加。

・Randy Weston's African Rhythms / African Cookbook ピアニストのRandy Westonは1969年にパリで「African Cookbook」と「Niles Little Big」という2枚のアルバムを、Randy Weston's African Rhythms名義で録音。パーカッションにはRebop Kwaku Baahと息子のNiles Weston。「African Cookbook」の再演他、彼が作曲した楽曲が並ぶ中で、唯一のカヴァーはGillespieの「Con Alma」。ちなみに余談ですがGillespieの「Con Alma」ってThe Beatlesの「Michelle」の元ネタなんですかね、って言及してる人いなくて。
・Sahib Shihab / Summer Dawn
マルチ・リード奏者のSahib Shihab名義のArgoからの1964年のアルバム「Summer Dawn」。メンバーはと言えばFrancy BolandにKenny Clarke等によるセクステットで、Gigi Campiプロデュースによるドイツはケルン録音であり、アメリカでのリリース目指してCampiがArgoにお話を振った的な経緯ですかね。吉と出ましたかね。Joe Harrisがパーカッションを担当。「Nica’s Dream」ライクな「Please Don't Leave Me」など。
・Lorez Alexandria / This Is Lorez
シンガーLorez Alexandriaが「Baltimore Oriole」を歌ったアルバムは3つあり、1957年のKingからリリースの「This Is Lorez」、1963年にArgoからリリースの「For Swingers Only」、そして少し開けて1978にDiscoveryからの「How Will I Remember You?」。こちらは初出のKing盤でボンゴをフィーチャー。ラテン・タッチなのはBaltimore Oriole(ボルチモアムクドリモドキ)が北米から南米に渡る鳥だからですかね。「Calypso Blues」と並ぶラテン小曲(個人的に)。

・Les Baxter Orchestra And Chorus / African Blue エキゾチカを代表する音楽家の1人、Les Baxter。1969年にリリースされたアルバム「African Blue」は、エキゾ疑似アフリカ・サウンドかつ、彼の作品の中ではラウンジーなサウンドでジャズ寄りな1枚。イギリスのライブラリーKPMからは、曲名もすべて変更され、一部編集されて「Bugaloo In Brazil」としてリリースされています。まぁアフリカじゃねぇよなブラジルだよなってことなんですかね。昔はKPMの方がオリジナルって説もあったんですが、どっちでしょう。

中村 智昭(MUSICAÄNOSSA / Bar Music Shibuya,Tokyo)
1977年広島生まれ。渋谷「バー・ミュージック」店主。1995年にDJをスタートし、1999年より「ムジカノッサ」を主宰。選曲家としてユニバーサル/ビクター/インパートメント/キング/コアポート/ディスクユニオンよりコンピレイションCDやヴァイナルをリリース、ディスクガイドの企画・監修も手掛けると共にUSENやFM各局にも選曲を提供。音楽ライターとしては様々な時代とジャンルのアルバムのライナーノーツや、リットーミュージック「Jazz Next Standerd」シリーズ、シンコーミュージック「Tokyo Moon」への寄稿など。CALMベスト・アルバム『Mellowdies for Memories』(ラストラム)の選曲とその解説も担当している。また、渋谷「カフェ・アプレミディ」にて1999年のオープンから2009年までの10年間店長も務めた。2010年渋谷に「バー・ミュージック」をオープン。2013年にはレーベル「ムジカノッサ・グリプス」をスタート。晩年のテリー・キャリアーのCDオンリー音源から厳選し世界初ヴァイナル化した『Tokyo Moon』や、コンピレーションCD+7”EP『Bar Music』シリーズ、現代ポーランド・ピアニズムの至宝スワヴェク・ヤスクウケのアルバム群から5曲を世界初アナログ化した『MUSICAÄNOSSA
SLAWEK JASKULKE』なども好評。最近ではSmall Circle of
FriendsアズマリキとのユニットであるMUSICAÄNOSSA
75名義で、ブラジルで活動するキューバ人音楽家ヤニエル・マトスの名曲「Habana」のリミックスも手がけた。http://barmusic-coffee.blogspot.com/