好評の「辛口海老カレー」や「特製チーズケーキ」「コーヒープリン」などもご用意しております。
【Bar Music Shibuya,Tokyo】18:30 ~ Midnight(土曜・日曜は18:00 Open、金曜は翌早朝まで)
廣瀬大輔が特定のカテゴリーを設定して、それはアーティストであったりレーベルであったりジャンルであったり。Bar Musicのサイトにコラムと当日プレイするレコードの中から6枚のディスクレヴュー、そして自分のDJではテーマに沿ってプレイします。第23回のテーマは前回、前々回を踏まえた上で「Japanese Modal Jazz」です。(廣瀬大輔)

6/10 Wed.
MUSICAÄNOSSA presents ANTHOLOGY <anthos+logia> VOL.23 Japanese Modal Jazz編
[DJ]廣瀬 大輔(ELLA RECORDS)・中村智昭(MUSICAÄNOSSA / Bar Music
Shibuya,Tokyo)
[at]渋谷 Bar Music
[info]03.6416.3307
http://barmusic-coffee.blogspot.com
※18:30オープン、着席の通常営業スタイルで20:00~23:00の開催です。Close:Midnight
※事前予約またはご来店前にお電話でテーブルをおさえていただけますと幸いです。
※消毒、お客様着席時のグループ別ソーシャルディスタンスの確保、換気など、ウイルス対策へのご理解とご協力をお願いいたします。
※Entrance Fee ¥1000
廣瀬 大輔(Ella Records)
ヴィンテージ・レコード・ディーラー&ショップElla
Records所属。かつてはDANCE MUSIC RECORDのジャズ・バイヤーとして新譜を供給し、ライターとして“Jazz Next
Standard”シリーズや「Jazz MeetsEurope」、「500 Club Jazz Classics」、“Jazz The
New Chapter”シリーズ等の書誌や多くのライナーノーツ等へ新旧問わずジャズ/クラブ・ミュージックに関する執筆/寄稿、またDJ/選曲活動を行う。
【コラム】
前々回は「Kirk Degiorgio」の「Top 50 Modal Jazz Hall of Fame」、つまり「モーダル・ジャズの殿堂入り50曲」というリストをテーマに、そして前回はそこでのモーダル・ジャズの解釈の功罪、特に功に焦点を当てた。今回はエクストラとしての和ジャズ回。
以下の文章は、1961年にリリースされた白木秀雄「祭の幻想」のオリジナル・ライナーノーツからの抜粋です。
”最近ジャズ界で、「モード」(音列または旋法と訳します)がさかんに研究されるようになりました。長調、短調以外にかわった音列をこしらえて、演奏の素材に使おうという考えかたです。「祭の幻想」は1958年に、日本ジャズ界の誇るべき作曲者、八城一夫が白木クインテットのために書いた「邦楽のモー ド」による傑作です。そしてあたらしいモードによるジャズという着想の点で、アメリカのマイルス・デビイス(ママ)やジョン・コルトレーンのそれにおとらぬ古い作品です。
1961年度の芸術祭参加作品として演奏するにあたって、白木秀雄は作曲者と再度検討し、ゲストに白根きぬ子さんを招いて、イントロの部分に、ながい琴の独奏パーツを挿入し、格調高い名演を展開しました。
原曲は12小節単位で書かれ、ブルースの小節とおなじになっています。また作曲者の指定で邦楽の音階だけが使われています。”
と、1958年の段階で、日本固有の音階、旋法(モード)をジャズに落とし込む作業をしていたというのは少し驚きではある。
また、Art BlakeyがThe Jazz Messengersを率いて1961年に初来日した際に、メンバーとして同行していたWayne Shorterが八木正夫らを通して日本のジャズ・ミュージシャンたちにモード手法を教えたというエピソードを岩浪洋三氏が語っている。そして、1965年にバークリーから帰国後の渡辺貞夫氏が日本にモードを体系的に理論的に伝導したというエピソードもある。
ジャズが取り入れたモードの元となった教会旋法以外にも、日本は勿論、世界各国には固有のモード、旋法、またはそれに準ずるものや五音音階などがある。例えば聴きなじみのある例として、音階を聴いて沖縄っぽいな、とか中国っぽいな、とかの俗に言う琉球五音階や大陸五音階など。すなわち、近代西洋音楽的ではなかったモードがジャズに導入されたことによって、それが媒介となり、ジャズと各国の民族音楽との融合を促進させたと言えるだろう。ただそれは単一方向だけではない。日本では「ヨナ抜き音階」と呼ばれるものもあるが、ジャズと各国の民族音楽との融合は逆に相互の歩み寄りであり、つまり単に民族音階をジャズにそのまま持ち込もうという意志だけでは成立せず、例えば和音など、ジャズ的にアレンジしなければならない。
モードの導入が世界各国のローカルなアイデンティティを個々にジャズに反映させ、ジャズがグローバル・ミュージックへ足り得るものとさせた。という考察でモード、モーダル・ジャズ回は3部作として一度お開きとなります。お付き合いいただきありがとうございました。
【ディスクガイド】
・寺下誠・ミーツ・ハロルド・ランド / トポロジー
ピアニスト寺下氏がゲストにHarold Landを迎えAketa’s Diskからリリースした1984年作。ベースは米木康志、ドラムスはMike Reznikoff。冒頭の「Dragon Dance」はBBEのコンピレーションにも収録されたスピリチュアル・モーダル・ジャズ。日本的な「Takeuma」、宮沢賢治由来の「I Ha To Bo」は後のアルバムでタイトル・トラックとして再演。Land提供の「World Peace」も氏の「The Peace-Maker」を思わせるモーダル・ジャズ。
・新太郎クインテット / エヴォリューション
ベーシストの中村新太郎が1982年、26歳の時に渡米して録音したアルバム。大野俊三や田井中福司などの当時在米であった日本人ミュージシャンも加わって、1984年の帰国後に持ち帰ったテープをもとに日本のマイナー・レーベルからリリース。このアルバムからもBBEのコンピレーションに「A Blind Man」がセレクトされており、これはニューヨーク滞在中に共演した、そのころは既にほぼ失明状態であったWoody Shawに捧げた楽曲。
・屋良文雄カルテット / 南風
故郷である沖縄で精力的に活動し、沖縄におけるジャズの普及と発展に尽力したジャズ・ピアニスト屋良文雄。米軍基地、ホテルのラウンジ、自身が経営するクラブだけでなく、彼はジャズ・クラブ「ジャン・ジャン」で定期的に演奏しており、このアルバムは1983年4月10日に同店でライヴ録音されたもの。テリー重田、武島正吉、津嘉山善栄との地元ミュージシャンでのカルテットで、2曲のスタンダードで南絹子のヴォーカルをフィーチャー。
・チャーリー・マリアーノ四重奏団 / イースト・サイド・アンド・ウエスト・サイド
B面の「West Side」は、秋吉敏子がトシコ・マリアーノ名義でリリースした1963年のアルバム「マリアーノ・イン・ウェストサイド」からの抜粋。A面の「East Side」が同年録音の未発表音源であり、「West Side」と同メンバーによる宮城道雄の正月を飾る楽曲でおなじみの「春の海」。個人的には日本版「Dusk Fire」くらいの推し曲。もう1曲は渡辺貞夫、菊地雅章らとのカルテットによる「竜安寺の石庭」で後の山本邦山「銀界」ヴァージョンが広く知られる楽曲。
・峰厚介ファースト / モーニング・タイド
峰厚介は1970年から71年にかけて3枚のリーダー・アルバムをリリースしており、「Mine」、「2nd」の2枚をThree Blind Miceから、フィリップスからこのアルバムをリリース。これについては、リリース順としては「Mine」、「2nd」、「モーニング・タイド」ですが、一番最初に録音されたのがこの「モーニング・タイド」なのであながち「ファースト」で間違ってはいないというところで、今日はこれだけ蘊蓄として憶えていただければ嬉しいです。

・菊地雅章セクステット / リ・コンファメイション / 再確認そして発展
この時期の菊地雅章率いるセクステットは弟の菊地雅洋とのツイン・ピアノにツイン・ドラムス、峰厚介によるワンホーンという変則セクステットで、重厚なリズム・セクションによる、例えば「Dancing Mist」を代表するようなジャズ・ロック的なグルーヴ感。その勢いにスピリチュアル要素を加えたような「Tenacious Prayer Forever」など。翌1971年には同編成で「ダンシング・ミスト/イン・コンサート」をリリース。
中村 智昭(MUSICAÄNOSSA / Bar Music Shibuya,Tokyo)
1977年広島生まれ。渋谷「バー・ミュージック」店主。1995年にDJをスタートし、1999年より「ムジカノッサ」を主宰。選曲家としてユニバーサル/ビクター/インパートメント/キング/コアポート/ディスクユニオンよりコンピレイションCDやヴァイナルをリリース、ディスクガイドの企画・監修も手掛けると共にUSENやFM各局にも選曲を提供。音楽ライターとしては様々な時代とジャンルのアルバムのライナーノーツや、リットーミュージック「Jazz Next Standerd」シリーズ、シンコーミュージック「Tokyo Moon」への寄稿など。CALMベスト・アルバム『Mellowdies for Memories』(ラストラム)の選曲とその解説も担当している。また、渋谷「カフェ・アプレミディ」にて1999年のオープンから2009年までの10年間店長も務めた。2010年渋谷に「バー・ミュージック」をオープン。2013年にはレーベル「ムジカノッサ・グリプス」をスタート。晩年のテリー・キャリアーのCDオンリー音源から厳選し世界初ヴァイナル化した『Tokyo Moon』や、コンピレーションCD+7”EP『Bar Music』シリーズ、現代ポーランド・ピアニズムの至宝スワヴェク・ヤスクウケのアルバム群から5曲を世界初アナログ化した『MUSICAÄNOSSA
SLAWEK JASKULKE』なども好評。最近ではSmall Circle of
FriendsアズマリキとのユニットであるMUSICAÄNOSSA
75名義で、ブラジルで活動するキューバ人音楽家ヤニエル・マトスの名曲「Habana」のリミックスも手がけた。http://barmusic-coffee.blogspot.com/